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『プライベート・ライアン』に抱いた疑問を考察 最も疑問を抱かせたアパム伍長は裏主人公

ども、ヒカル(@Hikaru_55crypto )です。

先日、トム・ハンクス主演の戦争映画『プライベート・ライアン』の見どころについて紹介しました。

 

スピルバーグ監督で、奥が深いヒューマンドラマを味合わせてくれたこの映画は、第71回アカデミー賞をなんと11部門もノミネート。(うち5つ受賞)

ゴールデン・グローブ賞やその他数々の賞を受賞している秀作です。

 

そんな『プライベート・ライアン』には、僕ら視聴者にとっていくつかの疑問点がちりばめられています。

マグ

監督は、あえて僕たちに考えさせたかったのか?ってくらい疑問が残ったよね

中でも、一番多くの疑問を生んでくれているのが、アパム伍長ですよね。

 

そこでこの記事では、「『プライベート・ライアン』に抱いた疑問を考察 最も疑問を抱かせたアパム伍長は裏主人公」と題して、この作品に対する僕の考えをお届け。

一緒に、『プライベート・ライアン』に隠されたメッセージを解き明かしていきましょう。

大前提『プライベート・ライアン』は実話を基につくられている

この考察を読み漁るにあたって、大前提として映画『プライベート・ライアン』が実話を基につくられていることが重要です。

『プライベート・ライアン』のモデルとなった二ーランド兄弟の写真

二ーランド兄弟(左から、エドワード・プレストン・ロバート・フレデリック)
出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Niland_brothers

二ーランド兄弟

 

二ーランド兄弟はロバート、プレデリック、プレストン、エドワードの4兄弟。

第二次世界大戦、ノルマンディー上陸作戦直後。両親の元に4人中3人の兄弟の死が報告された。

生き残ったうちの1人フレデリックは当時、第501パラシュート歩兵連隊、第101空挺師団に在籍しノルマンディー上陸作戦時最初の数日間を戦った。

フレデリックは数日後、第82空borne師団に行き戦死したボブと再会を果たす。

フレデリックはイギリスに送還され、後に米国へ帰還。そこでMP(軍事警察)に就任。

彼は功績を称えられ、ブロンズスターを受賞。1983年に63歳でこの世を去りました。

(戦死したと思われていたエドワードは、後に日本の捕虜収容所に投獄されており、後1945年に解放。1984年71歳の死までトナワンダで暮らした。)

出典:Wikipedia「二ーランド兄弟(英語版)」翻訳抜粋

この史実から、映画『プライベート・ライアン』のライアン二等兵は、フレデリック・二ーランドがモデルとされています。

実際には、救出作戦ではなかったわけですが、4兄弟中1人しか生存しなかったというところや第101空挺師団という点も全く同じです。

 

後述しますが、今作でライアン二等兵1人を救出した無謀ともいえる作戦も、実在した「ソウル・サバイバー・ポリシー」という制度がモデル。

ソウル・サバイバー・ポリシー

 

1948年制定。兵役による戦闘任務に参加している家族(複数人兄弟)が戦死した場合に、生存する最後の息子を保護する

サリバン兄弟の5人全員の戦死
ボルグストロム4兄弟全員の戦死

この2つの悲劇をきっかけに、アメリカ合衆国陸軍省に「ソウル・サバイバー・ポリシー」が導入された

出典:Wikipedia「サリバン兄弟(一部英語版)」翻訳抜粋

スピルバーグ監督は、この2つの事実を繋げて本作を考えたと言えますね。

『プライベート・ライアン』に抱いた疑問を考察

さて、ではここから映画『プライベート・ライアン』に抱いた疑問について、調べた結果と僕の考察を述べていきます。

映画タイトル『プライベート・ライアン』の意味

そもそも、映画のタイトルである“プライベート・ライアン”の“プライベート”ってどんな意味?という点です。

プライベートというと、一般的には“私的・個人的”なニュアンスのイメージがありますが、本作のライアンとつなげるとちょっと違和感。

 

では、この作品の指すプライベートの意味はというと、Googleで意味を検索したことで判明しました。

つまり、原題『Saving Private Ryan』とは、

Saving→救う

Private→二等兵

Ryan→ライアン

「ライアン二等兵を救う」ということとなります。そのまんまですね!

 

あースッキリ。

英単語って深いですね。同じ単語でも意味がたくさん含まれているので面白い。

なぜ、この戦争でライアン1人の救出作戦が下されたのか

本作の本筋でもある「ライアン二等兵を救出する」という無謀ともいえる作戦は、どうして決行されたのでしょうか?

一兵卒のいち兵士のために、多くのレンジャー部隊を派遣してまで行う意味とは?

 

一番は、政治的要因が背景にあったと言えます。

現実的に考えると、「1人のために多くの命を危険に晒す」というのは生産的とは考えられません。

それは、作戦開始直後にライベンも「俺にも大尉にも母ちゃんはいる」って言っていましたよね。至極その通りだと思います。

 

マグ

じゃあ、どうして?

ということですが、「国にとって【救出作戦を決行する軍人の感じる不条理さ】よりも、【国民に抱かせてしまう悲劇の不条理さ】の方が深刻であり重要だったからだ」と考えます。

国にとって国民の支持率は第一優先事項。

兄弟全員を死なせてしまうと当然その家族からの支持率が下がることは容易に考えられますからね。

だから、唯一の生き残りである兄弟を無事帰還させることで、国民に「兵士に対する称賛とその家族への感謝と慈愛=愛国心への見返り」として支持を得ようとしたんじゃないかと思います。

 

そして、作戦はレンジャー隊員たちにとっても最終的には希望ともなると本作からはうかがえます。

ミラー大尉の「胸を張って故郷に帰れる」

このセリフからもわかるように、救出する当事者たちにとっても過酷な戦場においては殺すための任務ではなく生かすための任務の方が希望の光となるわけです。

 

まとめると、スピルバーグ監督は政治的側面で決定した無謀な作戦下でも人間は生に希望を抱くというメッセージを伝えているのではないでしょうか。

最も疑問を抱かせたアパム伍長は裏主人公

 

さて、ここからはいよいよ本作で一番疑問が多かった人物「アパム伍長」について書いていきます。

実践経験はなく、ドイツ語が使えるということでライアン救出作戦のためにミラー大尉から抜粋されたアパム伍長。

ヒョロっとした草食系男子で、本作一人間らしかった人物です。

 

そんな彼は本作において裏主人公ともいえる人物と言えます。

彼に抱いた疑問と、彼が裏主人公と呼べる理由について説いていきましょう。

なぜ、アパムはあの時メリッシュを助けなかったのか

最終局面、橋を死守するために残ったミラー大尉たちは迫りくるドイツ軍と死闘を繰り広げます。

アパムに与えられたポジションは銃弾の補給要因。

 

しかし、いざ戦闘が始まりメリッシュが弾切れでピンチを迎えたとき、アパムは弾を渡すことはせずただ建物の外壁にへばりつくことしかしませんでした。

 

結果、メリッシュはその場に来たドイツ兵と格闘の末に惨たらしく息の根を止められてしまいます。

 

マグ

「アパム!なんしてる!?早くアパム!アパーム!!」って超絶むかついた瞬間だったよね!

 

なぜ、アパムはメリッシュを見殺しにしたのでしょうか。

考えるに、彼自身あの局面で「メリッシュを助ける」という思考はどっかへ吹き飛んでいたんだと思います。

 

本作冒頭でのミラー大尉との会話でもありましたが、彼は実戦経験はゼロです。

アパム伍長は伍長とはいえ事務方ポジションから上がってきた伍長。射撃訓練こそ受けていても、銃弾飛び交う戦場での緊張感や不安感を味わったことのない人間。

そんな人間が、「いざぶっつけ本番でシャキシャキ動いて冷静に判断できるか」というと否ですよね?

 

現代での社会人でもそうです。

本社でパソコンばっかいじってきた事務員が、営業に回されていきなり契約をシャンシャンとれるわけはありませんよね?

 

アパム伍長も同じように、頭ではわかっていても本番での緊張感や死への恐怖心から、メリッシュ救済に体が動かなかったと言えます。

なぜあの時、ドイツ兵はアパムに手を出さなかったのか

メリッシュが息の根を止められた直後、アパムは何とかメリッシュがいた建物の階段まで辿り着きます。

 

しかし、そこにメリッシュを逝かせたドイツ兵がバッタリ。

アパムは怯え立ちすくむも、ドイツ兵はアパムに一切手を出すことなくその場を後にします。

 

なぜ、ドイツ兵は敵兵であるメリッシュは殺害し、アパムには手を出さなかったのでしょうか?

 

考えるに、アパムの怯えようから戦意のなさをドイツ兵が察知した

そして、スピルバーグ監督のメッセージとして、中盤で登場するドイツ兵をかばったアパムの行動への責任問題を問んじゃないかってことです。

 

アパムの怯えようから戦意のなさをドイツ兵が察知した

メリッシュを殺害したドイツ兵ですが、さすがにあのアパムの怯えようから「わざわざ殺す価値もない」という感覚に陥らせられたのではないでしょうか。

 

敵兵とはいえ、もはやPTSD確定ともいえるほど激しい接近戦の末、僅差でなんとかメリッシュを仕留めた後だったドイツ兵。

その直後に、戦意喪失なヒョロヒョロ男を見て、いくら敵兵であっても無駄な殺生はしたくないという考えもあったのではないかと。

ドイツ兵をかばったアパムの行動への責任問題を問うたんじゃないか

本作中盤で、ソナー基地を襲撃したミラー達レンジャー隊。

そこで、くしくも軍医ウェイドが墜ちます。ウェイドを撃ったドイツ兵は生きており、ミラー達は当然彼を処刑しようと考えます。

それを見たアパムは処刑を阻止。「投降しているんだから軍法違反です」と、ドイツ兵をかばいます。

 

しかし、最終的にそれは間違った結論で、ラストの戦闘でそのドイツ兵は結局前線に復帰し、アパムの前でミラー大尉を撃つことになります。

 

この一連の流れまでを含めて考えるに、本作をつくったスピルバーグ監督は、「戦場での正しいようで間違いともいえる行動をとったアパムに対して運命は彼に責任を果たさせるため、生かしたのではないか」を問うたんではないでしょうか。

戦争は多くの矛盾を生みます。

「1人のために多くを犠牲にする」こともしかり、「戦場で敵兵を生かすという行動の先にあるリスク」もしかり。

‟正しい答えなど戦争には存在しない”とでも言いたげなメッセージ性を感じますね。

なぜ、最後の最後でアパムは覚醒したのか

ミラー大尉を撃った、アパムが助けたドイツ兵は本作ラストにアパムによって射殺されます。

 

これは、本作でアパムが唯一人を撃った瞬間でした。

 

なぜ、メリッシュを助けることすらしなかったアパムが、あれだけ敵兵のいる場で射撃をすることが出来たのでしょうか。

それは、先ほど述べた「戦場での正しいようで間違いともいえる行動をとったアパムに対して運命は彼に責任を果たさせるため、生かしたのではないか」に対してアパムが責任を取ったからだと言えます。

これこそ、本作の裏主人公がアパムであったと思うポイントです。

 

実戦経験もなく、臆病なアパムは恐らく誰よりも自分自身のことを理解していて、かつ闘っていたからではないでしょうか。

つまり、アパム伍長があの戦争で戦っていたのは敵兵ではなく自分。

死への恐怖心から味方のピンチでも体が動かなかった。

しかし、自分が唯一とった行動である「ドイツ兵をかばう」の結果がミラー大尉を死に追いやったことで、自分の殻を破ったんだと僕は見えました。

まとめ

「『プライベート・ライアン』に抱いた疑問を考察 裏主人公アパム伍長」と題して考察してきました。

『プライベート・ライアン』についての疑問は少しは解消されたでしょうか?

 

スピルバーグ監督はまぁ、僕らに考えさせる最高の映画を送ってくれましたね。

冒頭20分の過激なシーンがあればこそ、隊員たちの心情やアパムの感情なんかがより際立っていると言えます。

 

因みに、僕がアパムについて思った意見はブラット・ピット主演の戦争映画『フューリー』を観るとより理解しやすいかなと思います。

この作品では、アパムと似た人物を登場人物に物語が流れます。

彼はアパムよりも強制的に急成長していくので、そういった意味では、アパムはミラー大尉の下に適してなかったのかなとも思えますw

 

映画『フューリー』は、動画配信サービス「U-NEXT」で無料で観ることが出来ます。

今回考察した『プライベート・ライアン』も無料で見直すことも出来ますよ。

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